世界のトップサーファーによる名言・格言の7選

世界のトップサーファーによる名言・格言の7選

今回は、世界の有名サーファーによる名言・格言7選を、その人の生き様や人柄とともに紹介していきたいと思います。
 

「経験してみなきゃ何もわからない。頭で考えているだけじゃダメさ」ジョン・ペック

1963年に世界で初めてレギュラーフッターとしてパイプラインをメイクしたジョンペックの名言です。1944年にロサンゼルスで生まれた彼は、15歳でサーフィンを始めました。家族とともにワイキキに引っ越し、1960年に出場したマカハ・インターナショナルで好成績を残し、世間から注目を集めるようになりました。そして、1963年にパイプラインをメイクしたことにより、世界に名を馳せるサーファーとなったのです。
 

彼は、当時の流行りファッションとは異なるモッズスタイルでビーチに姿を現すことがよく見られたことで、さらに注目を集めるようになりました。彼が愛用するペネトレーターも人気を集めるようになり、彼の名でもある「ジョンペック」がブランドとなり、ペネトレーターが日本でも販売されるようになりました。
 

人気サーファーとして、サーフィンを楽しむ日々を送っていたジョンペックでしたが、ベトナム戦争の影響で多くのサーファーがアルコールや薬物に溺れていったのと同様に、彼もそういったものに身を任せてしまうようになりました。
 

しかし、彼はある時期を境にアルコールや薬物と断絶してヨガに取り組むようになり、ついには再び健康な身体を手にしてビーチに現れたのです。ヨガマスターとも呼ばれるようになった彼は、仙人のような風貌で圧倒的なオーラを身体中に巡らせつつ、ペネトレーターとシェイプする日々を再開し、ボードの魅力、薬物などの危険性、ヨガで学んだ教訓といったものを社会全体に広めるための活動も始めました。
 

サーフィンの魅力にとりつかれて名声を手にしたものの、一時は戦争の影響で身体も心も薬物などにとりつかれて悲惨な目に遭い、そのあとはヨガをきっかけに活動的な日々を取り戻すという、人生の最高潮と最底辺を知り尽くしたのがジョンペックなのです。そんな彼が放った名言が「経験してみなきゃ何もわからない。頭で考えているだけじゃダメさ」です。自分の知っている世界観だけで過ごすのではなく、その外に出て現実世界を体感しようという、彼の人生から溢れ出る生々しいメッセージとなっています。井の中の蛙で終わらず、大海原へ出て色んな物を見よう、とでも言いたげな彼の名言です。

 

「パニックになるな! ただリラックスせよ」ジェリー・ロペス

1972年と1973年にハワイの「パイプマスターズ」で優勝した功績と、ライディングスタイルの美しさから、「ミスターパイプライン」の称号を得た伝説のサーファー、ジェリー・ロペスの名言です。あまりにもリラックスした状態で波と同化したかのような彼のスタイルは多くの人々を魅了しました。
 

1948年にオアフ島で生まれた彼は、日系人である母を持つ日系3世のハワイ人として、サーファーとしての人生を歩んできました。自分のスタイルを確立するために自分の力でボードをシェィプすることに挑戦したり、当時はまだ挑む人が少なかった「パイプライン」の第一人者になったり、ヨガを取り入れることでサーフィンの技術を磨くという斬新な試みを始めたりと、とても革新的なサーファーとして有名です。
 

1968年、当時20歳だった彼は、集中力や反射神経を良くするために、また、、ワイプアウト時にも冷静な判断ができるメンタルをつくるために、ヨガを学び始めました。サーフィンに対してあらゆる観点から取り組む彼の姿勢が、彼の類いまれなライディングを生みました。
 

そういった彼の革新的な活動は、サーフィン映画の出演や書籍出版にも繋がり、多くの人に影響を与えています。そんな彼が放った名言が「パニックになるな!ただリラックスせよ」です。ヨガという、一見サーフィンとは関係のないものを取り入れ、より良いライディングへの追求を続けた彼ならではの言葉となっていて、彼の広範な活動とともに人々の心に残る名言となっています。
 

 

「あなたが愛したことで死ねるなら、それは悲劇じゃない。」マーク・フー

 1994年にマーヴェリックスの大波に呑み込まれて命を落としてしまったものの、数々の大波に挑み続けたビッグウェイバー、マーク・フーの名言です。1958年にシンガポールで生まれた彼は、両親がアメリカ情報機関の写真家ジャーナリストで、かつ、中国人であるという、サーファーとしては珍しい家族関係を持っています。彼は10歳のときに家族とともにハワイへ移住すると、早くからサーフィンの魅力に取り憑かれ、10代の大半をサーフィンに費やすことになります。
 

 1977年から、彼はプロサーファーとして、「IPSワールドツアー」に参加し始めました。しかし、数年後にツアーの参加をやめ、競技としてサーフィンをすることをやめました。そして、始めたのが大波への挑戦です。ビッグウェーブサーファーに転向したのです。
 

 1985年、50フィートもの大波のある海で、彼はサーファーとしての名声をあげる出来事に出会います。そのとき、彼は35フィートもの高さのある波に無謀にも挑んだことで、かなり危険なワイプアウトをすることになり、彼のサーフボードは大破しました。あまりの衝撃に、彼の救助のために近くのヘリコプターが救助に向かったそうです。しかし、そんな無謀な試みから、彼はなんと無傷で生き残ったのです。その出来事をきっかけに、彼はサーフ雑誌などを通して世界的に有名になっていくのでした。
 

 そんな不死身ぶりを見せていた彼でしたが、1994年にマーヴェリックスでサーフィンをしているときに、波に呑まれて命を落としました。18〜20フィートほどの波が来たとき、彼はなんなくパイプアウトを試みたのですが、彼はその波に押し出され、波の底面に呑み込まれてしまったのです。
 

 彼の死はビッグウェーブサーファーたちに衝撃を与えました。彼の死を弔うために700人が集まり、150人を超えるサーファーがその海で大きな円を作り、円の中心から彼の遺骨を海に葬りました。
 

 ビッグウェーブに挑み続け、それがきっかけで死に直面しても、なお、多くの人から尊敬と敬意を寄せられていたマーク・フー。生前に彼の残した「あなたが愛したことで死ねるなら、それは悲劇じゃない。」の言葉通り、彼は、自分の死を悲劇と捉えず、生を全うし続けた最後の瞬間だったと捉えていることだろう。

 

 「サーフィンは、サーファーによるアートだ。そしてサーフィンは自己表現の手段である」ケリー・スレーター

ASPワールドチャンピオンを11度獲得し、最年少記録と最年長記録の両方を持つサーフィン界のレジェンド、ケリー・スレーターの名言です。1972年にフロリダで生まれた彼は、サーファーとしての圧倒的な功績を残してきただけでなく、アメリカのテレビ番組「ベイウォッチ」の出演、自らギターを弾いてのバンド活動、下着広告のモデルなど、アスリートの域を超えた活躍をしているスーパースターです。
 

怪我もあり、たびたび引退の噂がされていたが、引退宣言を撤回して東京オリンピックの出場への意欲を見せるなど、サーフィン以外での言動でも世間からの注目を集めています。
 

長年に渡って第一線で活躍している彼は、自分のモチベーションには生い立ちが関係していると語っています。6歳の頃、通っていたスイミングスクールでインストラクターに悪ふざけで自分の頭を水の中に沈められたことがあるそうで、その出来事が少年のときの彼を苦しめたという。ほかにも、15歳のときに親しい女性が殺されたという経験があるそうで、彼にとって、「死」というものは常に隣り合わせにあるものだそうです。

そんな彼だからこそ、「生きること」と「死ぬこと」について真剣に考え、努力を惜しむことなく、サーフィンという危険と隣り合わせのスポーツを通して数々の偉業を成し遂げてきたと言えます。
 

そういった生い立ちと功績を持つ彼が放った名言が「サーフィンは、サーファーによるアートだ。そしてサーフィンは自己表現の手段である」になります。サーファーとして、そして、1人の人間として、型にはまらない生き方をしてきた彼だからこそ、出てきた言葉であり、重みのあるものとなっています。

 

 「スタイルとは、あなたが人間として何者なのかの自然な延長にある」マーク・リチャーズ 

元祖ツインフィンマスターとして名の知れたサーファー、マーク・リチャーズの名言です。1957年に生まれ、オーストラリアで育った彼は、4度の世界チャンピオンになるとともに、「ツインフィンボード旋風」を起こしました。当時はあまり採用されていなかったツインフィンのサーフボードを彼の独自スタイルで開発し、そのボードで世界一を勝ち取ったのです。
 

 彼のスタイルは1970年の映画「フリーライド」でも見られました。当時としては自由極まりない彼のスタイルは、この映画でも一際目立ち、多くの人を魅了しました。当時はまだ浸透していないツインフィンを独特な内股スタイルで華麗に乗りこなす彼は、「翼の折れたカモメ」という名称がつけられ、サーフボードにMRタイプという新しいジャンルを作るほどの影響力をもたらしました。
 

 そんな彼が放った名言が「スタイルとは、あなたが人間として何者なのかの自然な延長にある」です。スタイルというものは、元々形成されているものでも存在しているものでもなく、あくまで自分の言動が散り積もった先に自然と出来上がるものである、ということを教えてくれる名言になります。サーファーだけでなく、人生というものと向き合う全人類の心に刺さる本質的な言葉です。

 

 「波は神様がくれたおもちゃ。」クレイ・マルゾ

 1989年生まれでまだ30代という年齢でありながら、持ち前の創造性と革新性で世界的に有名なサーファー、クレイ・マルゾの名言です。彼は、軽度の自閉症と言われる「アスペルガー症候群」と診断されていて、幼い頃からコミュニケーションが苦手だったそうです。そのせいか、友達やファンとの関係性が上手くいかなかったり、大会のルールを守らなかったりと、良好な人間関係を作ることや規則を守ることが出来ないということが多々あったそうです。また、彼は極端に物事を正直に言ってしまうということもあり、生活をする上で様々な難儀にあうことがあったようです。そういった側面もあり、彼はメディアなどに頻繁に姿を現すようなサーファーではなく、積極的に大会に出場するタイプでもありません。
 

しかし、これまで独創的なライディングで人々を魅了してきた彼に対して、多くのファンが彼の大会出場を期待しました。その期待度はなんとSNS運動にも繋がったほどです。それほど、彼のスタイルは魅力的で、多くのファンの心を鷲掴みにしています。
 

そんな彼が放った名言が「波は神様がくれたおもちゃ。」というものです。彼はアスペルガー症候群という障害を持ちながらも、波という自然の産物に魅了され、自分の人生を謳歌しています。人はそれぞれ平等に生まれてくるわけではありませんが、自分が触れられる環境やツールを使うことで、いくらでも人生を楽しむことができるということを証明している彼による、説得力のある名言となっています。

 

 「すべてを味わう。それが人生で最も大切なこと。一度きりなんだから、短い人生、楽しく生きなきゃ。」ジェイ・モリアリティ

16歳で大波マーヴェリックスに挑み、22歳という若い年齢で命を落とした伝説のサーファー、ジェイ・モリアリティの名言です。彼はサーファーとしての実力だけでなく、周囲の人を大切にする人柄もあって、多くの人から愛される人でした。そんな彼の生き様は、映画「マーヴェリックス/波に魅せられた男たち」で描かれています。
 

映画では、彼が15歳のときに2歳年上のキムと知り合い、後々に結婚する様子が描かれています。また、彼がサーフィンに夢中になる傍ら、ピザ屋でアルバイトをしている姿も再現されています。さらに、マーヴェリックスに挑戦するために、サーファーであるフロスティに教えを請い、師弟関係を築くといった場面まで演じられていて、彼の生き様がありありと伝わる映画となっています。
 

2001年にモルティブ島でのトレーニング中に命を落としてしまった彼ですが、多くの人が彼の人柄や生き方に魅了されました。そして、彼の名は、「LIVE LIKE JAY(ジェイのように生きろ)」という言葉とともに、伝説のサーファーとして歴史に刻まれています。彼の生き方は命を落としてもなお、尊敬とともに人々の脳裏に残っています。
 

そんな彼が放った名言が「すべてを味わう。それが人生で最も大切なこと。一度きりなんだから、短い人生、楽しく生きなきゃ。」というものです。もちろん、彼が生前に発した言葉なので、彼の人生が短くして終わるとは彼自身も知らなかったはずです。しかし、彼のサーフィンへの情熱と周囲の人間への心遣いがこの言葉を生きたものにし、彼が死んでもなお、人々の心の中に生きる名言となっているのです。

 

まとめ

世界の有名サーファーによる名言7選を紹介させていただきました。どんな人生を歩んだ人が発した言葉なのかというところを知った上で名言について知っていくと、学ぶことも感じることも大きなものになってくるのではないかと思われます
世界のトップサーファーによる名言・格言の7選